トゥルソワがコーチ変更した理由は?出戻りと軽く言わないで!

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アレクサンドラ・トゥルソワ選手のジャンプが、北京オリンピックでも期待されます!

そのトゥルソワ選手、コーチを変更したことで、バッシングを受けた過去があります。

Nao
Nao

批判を受けることは承知のはずですが、それでもコーチ変更をした理由は何だったのでしょう。

名コーチのエテリ・トゥトベリーゼコーチ、そして元金メダリストのプルシェンコ氏。

トゥルソワ選手が、何を考えながら彼らの間を行き来したのか、気になりますね。

この記事では、

・トゥルソワがプルシェンコにコーチ変更した理由
・トゥルソワがエテリコーチに出戻りした理由

について書いていきたいと思います。

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トゥルソワがプルシェンコにコーチ変更した理由は?

2020年5月、トゥルソワ選手はプルシェンコ氏の元に移籍をしました。

その理由は何だったのでしょう。

そもそもエテリコーチを師事した経緯は?

2004年、リャザンというモスクワから200キロほど離れた街で、トゥルソワ選手は生まれました。

格闘技選手の父、元陸上選手の母というアスリートの家庭に育ち、

4歳の時に、両親にスケート靴をプレゼントしてもらったことが、この道に入ったきっかけです。

Nao
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11歳の時、一家でモスクワに移り住み、そこから真剣にフィギュアスケートに取り組んだそう。最初はヴォルコフコーチに指導を受けていたんですね。

ヴォルコフコーチに師事していたのは約1年間。

そしていよいよ、12歳で、エテリ・トゥトベリーゼコーチのチームに入り、指導を受け始めました。

ここでまず「コーチ変更」があったわけですが、これについてヴォルコフコーチ本人は、取材にこう答えています。

ヴォルコフは、トルソワの移籍の理由は両親との諍いで、練習プロセスによく干渉していたと主張している。

サーシャ(トルソワ)自身は、メドヴェデワやツルスカヤ、ザギトワといった憧れの選手とただ同じリンクにいたかったと話している。

トゥルソワ選手の父親は、自身も元々アスリート。

幼い頃からスケートリンクに付き添ったのもお父さんだそうです。

我が子の才能を早くから見抜き、真剣に考えた結果が、エテリコーチに師事することだったのでしょう。

プルシェンコにコーチ変更した理由は何?

エテリコーチの元で4年過ごした頃、トゥルソワ選手はある決断をします。

元金メダリストのプルシェンコ氏にコーチを変更するということでした。

Nao
Nao

鬼コーチとも言われますが、それほど熱心なエテリコーチの元を離れるって、とても勇気のある決断に思えます。これももしや、両親の思いがあったのでしょうか?

最初は、トゥルソワ選手の父親がプルシェンコ氏に電話をしてきたそうです。

娘のコーチをしてほしいと伝えたんですね。

でも、トゥルソワ選手の実力を知っているプルシェンコ氏は、

トゥルソワ選手が真剣にできるほど十分なリンクがうちにはないと断ったそうです。

しかし、時をおいて、また父親から連絡が入り、プルシェンコ氏は了承。

Nao
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この時、どうして自分のところに来るのか、プルシェンコ氏は聞かなかったそうです。きっと、同じスケート選手として、察するものがあったのでしょう。

移籍して数カ月後、トゥルソワ選手はメディアの取材にこう答えています。

自分のプログラムを一度も滑りきったことがありませんでした。これだけ3位ばかりになったことよりも、こっちのほうが悔しかったのです。それで、去ろうと思いました。

私はいつも跳びたかったのに、止められてばかりでした。これが最初の年ではありません。いつも、もっと跳びたかったのです。

最終的な判断をしたのは私自身です。移籍については両親と相談していましたが、十分に大人ですので、自分で決断をしました。

Sport.ruより

とにかく跳びたい!跳ぶことは全くこわくない!と語るトゥルソワ選手。

そんな何より好きなジャンプを、エテリコーチに制限されていたということでしょうか。

でも、この言葉からわかるのは、移籍を決めたのはトゥルソワ選手だということ。

Nao
Nao

選手自身が決めて、それをコーチが受け入れたのなら、周りがとやかく言うことではありませんね。

16歳にして、自分を「十分に大人」ときっぱり言い切るところが素敵ですね。

トゥルソワがエテリコーチに出戻りした理由は?

2020年5月にプルシェンコ氏の元に着いてから1年。

トゥルソワ選手は、エテリコーチの元に出戻ります。

再移籍したのです。

Nao
Nao

再度門を叩くとは、エテリコーチの元を去るより、さらにハードルの高いことですよね。何があったんでしょうか?

この再移籍の理由を、プルシェンコ氏は自身のインスタで、

素晴らしいサーシャ・トゥルソワと一緒に、とても実りあるシーズンを過ごすことができました。

〜中略〜

誰にとっても難しいシーズンでした。5月1日に契約期間が終了しましたが、双方の意向により契約延長はしませんでした。

そうなんです。契約終了の時期が来て、延長をしなかったとだけ言っているんです。

でも、その後の文章で、意味深な言葉を続けています。

契約上、私たちは別れの理由を明かすことはありません。

何年か後には明かすかもしれませんが、今は絶対に明かしません。私たちは今でも、もちろん友人です

気になるのは、プルシェンコ氏のもとにいた時の、トゥルソワ選手の成績ですが、

試合名 順 位
世界選手権 3位
GPロステレコム杯 4位
ロシア選手権 3位
ロシア杯第2ステージ 1位
ロシア杯第4ステージ 1位

国内大会でこそ優勝はありますが、前シーズン、国際大会で3つの優勝を勝ち取っていたにもかかわらず、

この1年、国際大会での優勝はゼロ

Nao
Nao

プルシェンコ氏の「絶対に」という言葉が、何かあったことを伝えている気がしますね。

でも、まだ10代の少女がそれだけの覚悟をもって、古巣に戻ったのですから、

周囲はただ見守るしかないのではないでしょうか。

トゥルソワがコーチ変更した理由のまとめ

トゥルソワ選手のコーチ変更について書いてきました。

ヴォルコフコーチから、エテリ・トゥトベリーゼコーチへ。

そしてプルシェンコ氏、そしてまたエテリコーチの元へ。

トゥルソワ選手が、自身で決めたことと言っていますし、

プルシェンコ氏にしろ、エテリコーチにしろ、

その選択を認めて、コーチとしてしっかりと向き合っているわけです。

Nao
Nao

メディアや世間は、このことをいろんな憶測で非難したり、揶揄したりしたようですが、それは無責任なことですね。

大人とは言いつつ、まだ10代の少女です。

いろんなプレッシャーやストレスと戦いながら、勝つことに向かっています。

ぜひ、そっと見守ってあげたいですね。応援しています、トゥルソワ選手!

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