吉田謙次の経歴と評判は?オリエンタルランドの歴代社長たちと比較

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2021年6月から、オリエンタルランドの社長に就任している吉田謙次さん。

夢の国「ディズニーランド」で働くことを夢見る人も多い中、どういう経歴で社長にまで上り詰めたのか 気になります。

就任して1年、社長としての評判はどうなのでしょうか? オリエンタルランドの歴代社長との比較も見てみたいですね。

ということで、今回は

・吉田謙次の経歴
・吉田謙次の評判
・オリエンタルランドの歴代社長たちとは?

についてお伝えします。

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吉田謙次の経歴

吉田謙次さんは、2021年6月29日、オリエンタルランドの代表取締役社長兼COOに就任されました。

経歴を見てみます。

氏 名 吉田 謙次(よしだ けんじ)
誕生日 1960年9月3日
出身地 神奈川県
学 歴 法政大学経済学部経済学科卒業
略 歴 1984年 オリエンタルランド入社
フード本部フード仕入部長、経理部長、執行役員、常務執行役員、フード本部長、第 8 テーマポート推進本部長を経て現職

1983年4月にオープンした東京ディズニーランド。その翌月、法政大学の4年生だった吉田謙次さんは、東京ディズニーランドを訪れたそうです。

その時、ディズニーの非日常世界に心底おどろき、パークに沈む夕日を見ながら、こんなことを思ったそうです。

就職活動のなかで耳にした「世の中が不確実な今、確実性を求めるのはむしろ危うい」という警句が脳裏をよぎり、まだ産声を上げたばかりの不確かなテーマパークビジネスの行く末に未知の可能性、そして大きな夢を感じて、私はほどなく当社で働きたいという意志を固めました。

オリエンタルランドアニュアルレポート2021より引用

入社した吉田謙次さんは、食堂部(現在のフード本部)に配属。4年ほどコスチュームを着て、現場のキャストとして働いたそうです。

こちらが、その頃の写真。面影ありますね〜。

この4年間で、ゲストに対し臨機応変に対応する姿勢を身に着けたことが、現在まで次々と要職に就いてきた吉田社長の原点なんですね。

その後は、経理部長を経験したことは強いよね〜。やっぱりお金の流れは会社の肝だからね〜

そして、何と言っても「第8テーマポート」の推進本部長に抜擢という経歴が、現在の社長職につながっているよう。

2023年、東京ディズニーシーの8番目のテーマポートとなる「ファンタジースプリングス」がオープンします。

駐車場だった14万平方メートルもの敷地を

  • アナと雪の女王
  • 塔の上のラプンツェル
  • ピーターパン

の3つのエリアにわけ、4つのアトラクション、レストランそしてホテルを建設するという計画です。

その投資額たるや、2500億円!

って言われてもさ、なんか全然ピンと来ないんだけど〜

そうですよね。でも、ディズニーシー開園時の投資額が3350億円ですから、その規模の大きさがわかります。

そして、吉田社長はこのプロジェクトを成功に導くために「社長」に就いたということになるんです。

ファンタジースプリングスの成功が吉田社長の使命!

これは勝負ですね〜。

吉田謙次の評判

どこかから出向してきたというわけでもなく、大学卒から新入社員としてオリエンタルランドに入り、現場から社長の座まで上り詰めた吉田謙次社長。

その評判が気になりますね。

社内の評判

就任から約1年。吉田社長の社内の評判はどうなのでしょう?

でも、従業員が社長のことをどう思っているかは、なかなか知ることができません。

しかし、吉田社長は、ビジネスの基本は「人」だと語っています。

従業員は「資産」であり、各自が仕事を通して成長を感じられるかどうかが大事、とのこと。

従業員を大切にする社長さんだと、評判は悪くはないはずだよね〜

若いスタッフも多いと思いますが、こんなことも言われています。

私も以前から「相手が上司だから、部長だから、役員だから言うべきことがあっても言わない、という考え方は絶対にやめてほしい」と周囲の人々に言い聞かせてきましたし、会社を動かすような決断をしなければならない立場になった今はなおさら、幅広くさまざまな立場の人たちからの意見を、場合によっては反対意見を聞きたいと思っています。そういう土壌づくり、組織づくりも経営者の重要な使命であり、大きな責任でもあるわけですが、思えば、そんな「自由闊達」で、「風通しの良い」企業風土もまた、オリエンタルランドという会社に脈々と受け継がれてきたDNAの1つなのかもしれません。

オリエンタルランドアニュアルレポート2021より引用

こんな雰囲気が作れている会社、上司なら、社内の評価は上々なのではないでしょうか。

世間の評判

世間の評判については、個人的にはあまりあてにならないかなと思っています。

というのも、伝聞でしか吉田社長を知れないことになりますし、そこにはリアルがあるか疑問な部分もありますから。

ちなみに、入場料の見直しを行われた際、アメリカのディズニーワールドを引き合いに出された発言に、反応した方がとても多かったです。

値上げはゲスト側からしてみると、大きな問題ですからね。気持ちもわかります。

でも吉田社長も40年近くディズニーに身を置き、キャストとして現場で働き、経理の立場から会社全体を俯瞰して、誰よりもディズニーの経営については考えて来られたはず。

そこを考えると、吉田社長もいろいろと苦しい立場だな…と考えずにはいられません。

世間の皆さんにいろいろ言われるのは、ある意味仕方のないことですね。

オリエンタルランドの歴代社長たちとは?

オリエンタルランドは、元々京成電鉄から生まれた会社。なので、初代社長は、京成電鉄の社長さんでもあります。

代目 就任年 社長名  
初代 1960年~1977年8月 川﨑 千春 東京帝国大学経済学部卒。アメリカ出張の際、開業間もないディズニーランドを目にして感銘を受け、ディズニーランドを日本に誘致。
2代目 1978年8月~1988年 髙橋 政知 東京帝国大学法学部卒。東京ディズニーランド、ディズニーシー建設のため、ディズニー社との交渉に尽力。
3代目 1988年~1992年1月 *急逝 森  光明 京都帝国大学経済学部卒。三井物産や銀行勤務を経て57歳でオリエンタルランド専務に就任。社長就任3年半で急逝。
4代目 1992年6月~1995年 加藤 康三 東京大学農学部卒。千葉県庁に入庁後、57歳でオリエンタルランド専務に就任。3年間社長を務めた後は、現会長の加賀見氏に社長を譲る。全国のディズニーストアの経営に着手した人物。
5代目 1995年6月~2005年 加賀見俊夫 慶應義塾大学法学部卒。京成電鉄に入社し、京成電鉄とオリエンタルランドの勤務を兼務した後、オリエンタルランドに入社し、東京ディズニーランド、東京ディズニーリゾートの開業に携わる。
6代目 2005年~2009年 福島 祥郎 中央大学経済学部卒業後、オリエンタルランドに入社し、広報部長、経営企画室長、その他要職を経て社長に就任。初の生え抜き社長。
7代目 2009年4月~2021年6月 上西京一郎 中央大学文学部卒業後、オリエンタルランドに入社。総務や営業畑を歩み、2009年から12年間、社長を務めた。
8代目 2021年6月〜 吉田 謙次 法政大学経済学部卒業後、オリエンタルランドに入社。現在に至る。

こうやって見ると、アメリカのディズニー社との関係づくりに尽力した時代があり、6代目の福島さんからは生え抜きの社長が誕生しています。

簡単に比較はできませんが、長い間、オリエンタルランドに身を置くことで、社長自身がディズニーランドのファンであり、そのために尽力している様子がうかがえます。

現場を覗くことも多いのか、ゲストの呼びかけにも気さくに応じる社長たちの姿もあるよう。

隠れミッキーならぬ、隠れ社長探しも、面白いですね。

皆さんもぜひ吉田社長探し、やってみてください。

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