クロエ・キムの国籍と出身地!両親はどんな人?学歴の裏のストーリー

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スノーボード、クロエ・キム選手のオリンピック連覇が期待されています。

平昌オリンピックでは、17歳で金メダルを獲ったクロエ・キム選手ですが、

若くで活躍するばかりに、両親やその出身地のことで、大変な苦労をされたこともあるとか。

Nao
Nao

10代で頑張る選手たちだからこそ、競技に専念できないことは何とも残念です

今回は、

・クロエ・キムの国籍と出身地
・クロエ・キムの両親とは?
・クロエ・キムの学歴の裏のストーリー

について、書いていきます。

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クロエ・キムの国籍と出身地とは?

スノーボードで10代の頃から「女王」の呼び名を持っていたクロエ・キム選手

クロエ・キム選手は、アメリカ・カリフォルニア州のロングビーチで生まれました。

ということで、スノーボードもアメリカ選手として活躍しています。

名前からもわかりますが、両親が韓国人。1982年にアメリカに移り住みました。

Nao
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平昌オリンピックでクロエ・キム選手が金メダルを獲った時、お父様は「キムは韓国語では金という意味」と喜んでいたそうですよ!

クロエ・キムの両親ってどんな人?

韓国からアメリカに渡ったクロエ・キム選手の両親。

もともと、父親のジョンジンさんが趣味でスノーボードをやっていたのだとか。

クロエ選手も4歳でスノーボードを始めるようになり、その才能を見出したのか、

娘のサポートをするため、クロエ選手が7歳の時に製造エンジニアの仕事をやめます。

Nao
Nao

13歳で全米チームに選ばれたことを考えても、父親の目は確かだったんですね。

クロエ選手とのツーショットを見る限りでは、とても陽気そうなお父さんに見えますが、

きっと一番の理解者なんだと思います。

母親のボランさんは、クロエ選手にそっくりです。

この時には、まさか自分の娘が金メダリストになるなんて思いもしてなかったでしょうね。

クロエ・キムの学歴にはオリンピック後の苦労があった

2018年の平昌オリンピックで、金メダルをとったクロエ・キム選手。

代表国のアメリカはもちろん、両親のふるさと・韓国でも称賛の嵐だったと言います。

Nao
Nao

金メダルってそういうことなんでしょうね。世界で一番な訳ですから。きっといろんな扱いも変わってきますよね。

クロエ・キム 金メダルから休養に入るまで

しかし、そのことがプレッシャーとしてクロエ選手に大きくのしかかったんだとか。

そして、2019年3月に足を骨折

でもUSオープンではその怪我をおして出場し、ノーミスで滑走したものの、

女王の座は明け渡してしまうことになりました。

Nao
Nao

きっと心も体も限界の状態だったんでしょうね。実は、燃え尽き症候群だったクロエ・キム選手。本人は何とももどかしかったに違いありませんが、いい休息の機会だったのかもしれません。

クロエ選手は、その年の秋、プリンストン大学に入学しました。

しばらく、競技も休むこととしていたそうですが、学校も心休まる場所ではなかったようです。

クロエ・キム 復活からまたオリンピックへ

大学でも、人目が気になり「一人の人間として見られたかった」というクロエ選手。

世の中はどうしても、金メダリストとしてクロエ選手を見るわけです。

学歴を積むと言うより、心安らぐ新天地を求めて行った大学が、そうはいかなかったんですね。

でも、周囲の協力で少しずつ状況は改善していきます。

Nao
Nao

でも、今度はコロナがクロエ選手を苦しめることに…

一時期、世界でアジア人を襲ったり、嫌がらせを行うヘイトクライムが起こりましたね。

元々、10代前半から、韓国にルーツがあるということで、ヘイトを受けてきたクロエ選手でしたが、

またその標的になることに。

でもセラピーを受けるなどして、今では復活したクロエ選手。

タイム誌の表紙を飾ったクロエ選手の表情からは、王者の風格のようなものも感じますね。

クロエ・キムの国籍と出身地と両親、そして学歴をめぐるストーリーについてのまとめ

スノーボードで連覇を狙うアメリカのクロエ・キム選手。

両親の出身地が韓国ということで、そのルーツをタネにいろんなヘイトに苦しめられてきたようです。

しかし、天才的なスノーボードの才能と、両親から授かった持ち前の明るさで、金メダルなるか?

プレッシャーはいけませんが、期待してしまいます。

Nao
Nao

インスタでの、明るくて自信あふれるクロエ選手の表情が大好きです!

実は、うちの娘もクロエ選手と同じ年。

人種のヘイトも心折れそうになるほどのプレッシャーも縁遠いですが、

もし我が子がクロエ選手の立場なら、、、と考えずにはいられません。

きっと母親のボランさんは、クロエ選手以上に心を強く持たないといけない状態だったのではないかと思います。

金メダルって親子二人三脚なんですね。

これからの活躍を期待しています!

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